日本の森にオオカミの群れを放て

2008年2月 7日 13:45


★荒廃する日本の森林を復活させる画期的な取組がある。我々業界の人間は、すわ補助金だ、超大型工場だ、流通経路の見直し、大規模植林など(人間の手による)ストレートな方法で森林の保護や活動を行ってきた。

それが最良の方法だと信じて疑わなかった。それは行き詰った森林政策と同様に、過去に固執し古い価値観から抜け出せずにいる我々の心の状態そのものだ。しかしここに全く別のアプローチで、結果的に日本の森林、ひいてはその生態系、更に日本人の価値観すらも大きく変えてしまう壮大なプロジェクトに挑んでいる人達がいる。

たまたま本屋で、タイトルに惹かれて1冊の本を手にした。
その本は『日本の森にオオカミの群れを放て』吉家世洋著、BNP社

衝撃的なタイトルは、オオカミを何かに揶揄したものではなく、本物の生きたオオカミそのものだ。

なんと無謀な企画だと思うかもしれないが、実は驚くほど科学的で緻密に研究・検証された計画で、全202ページを一気に読みきった。

★内容を要約すると、太古から日本の自然生態系の頂点にいたのはオオカミで、しかも彼らは(犬などに比べてもはるかに)完成度の高い肉食獣で、自分達の頭数をコントロールし、獲物となる草食獣も根絶しないように巧みに保護!驚くべき能力を持っていたという事から始まる。

①、それぞれの群れのテリトリーの間に緩衝地帯を作り、草食動物たちの繁殖の余地を残す。そして数が増え過ぎてこの安全帯に納まらなくなった獲物を食べる。

②、無差別に獲物を捕まえるのではなく、歳をとったシカ、病気のシカ、怪我をしたシカ、仔ジカなどを的確に見つけ出し狩りをする。この事はシカに伝染病が流行しても大量死する事態を回避させているだけではなく、弱ったシカを優先的に間引くことから健全な遺伝子が残っていく。勿論病気のシカを食べてもオオカミには感染しないらしい。

★ニホンオオカミは100年前に絶滅したと言われている。その為天敵のいなくなったシカやカモシカ、サルなどが無制限に増え彼らの食物となる草や木の葉、木の芽、樹皮、木の幹の形成層までことごとく食べ尽くした。

そして草も生えない裸地が広がり、小笠原諸島などでは土が海に流出している。
また吉野・日光・阿寒などの国立公園では貴重な原生林が枯死し壊滅状態にある。

大台ケ原ではシカの食害でコケも枯死し、生態系そのものが崩壊したという。
尾瀬の湿原でも高山植物までもが大きな被害を受けている。

無論人間の手による自然破壊も防止しなければならないが、、放っておくととどまる事を知らないシカ、カモシカなどの食害も緊急課題で、それを解決することが出来るのがオオカミの復活なのだ!!

★人間の力では到底復元不可能なこの問題を、オオカミは驚異の能力で正確にやり遂げる。しかも食べ残した餌によってキツネやタヌキ、クマなども恩恵を受け今問題となっているクマに襲われるという被害も減少が予想されている。

明治時代まで日本の森林の生態系の頂点にいたオオカミは、健全な自然環境を土台から譲ってきた自然界の管理者だったのだ。

★この復活の手段として著者は、1993年に、日本オオカミ協会を設立し、いろいろな調査研究の結果、ニホンオオカミのルーツにもっとも近い中国のオオカミの移入と場所の選定までも進めている。

但し、この計画には、常に「人が襲われるのでは?」という危惧がある。しかし、本来日本にはオオカミを危険な害獣とみる概念はなく、それどころか神の使いとして尊重してた。それが放畜民から生まれたキリスト教が入って来た明治の頃から反オオカミ思想が急速に浸透してきた。

「赤ずきんちゃん」や「三匹の子豚」で描かれるオオカミは邪悪の象徴で人を襲う。しかし実際には、アメリカでは1600年代に白人が入植してから現在までの300年以上の間、人がオオカミに襲われたという記録は一件もない。

★アメリカのイエローストン国立公園では、既にその計画が実行され生態系のバランスの修復に成果をあげている。その根底にはナチュラル・レギュレーションという新しい思想がある。

自然の管理は、人間が干渉せずに自然本来の営みに任せることが最適とする考えだ。近年我々は、「人間に役に立つものだけを保護し、無益なものや実のならないものは駆除するという」功利的な概念で社会活動をしてきたが、今やそれは行き詰まり、社会が閉塞状態に陥っている。

これからは、人間の都合に反するものを含めた本来の姿の自然を保存し相応のリスク(例えばオオカミに咬まれたとしても)を承知の上で、自然と共存する意義を重視する

自然保護思想が重要だと述べてある。これが少しも説教っぽくなく、まさに目からウロコの一冊!!

★行き詰っている森林保護政策に風穴をあける壮大なプロジェクト。自己の利益追求の功利的な論争な中からは、決して生まれることのなかった崇高な理念であり、精神的なゆとりにも結びつく。森を見て木を見ていなかったような机上の森林保護に猛省を求める一冊としても読んでもらいたい。

読後につくづく思った。森の復活を願うのは人間だけではない。

森林は、この世に生きとし生ける全ての生物のものだということを。



コボット株式会社 田中哲司

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